Bushido (武士道)

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philosophy

「武士道」とは、戦国時代〜明治時代に説かれていた武士としてあるべき道徳・心構えのこと。

武士道における八訓

明治時代に新渡戸稲造がかつての武士道について説いた。

1. 「義」

正義の道理のこと。行動指針。

義は自分の身の処し方を道理に従って躊躇わずに決断する力である。死すべき時は死に、討つべき時は討つことである。

義・節義は武士ならば必ず守らなければならないもののことである。

節義とは人の体に例えれば骨にあたる。骨がなければ首も正しく上に載ってはいられない。手も動かず、足も立たない。だから人は才能や学問があったとしても節義がなければ武士ではない。節義さえあれば社交の才など取るに足らないものだ。

義は不合理の精神とも言える。成敗利潤がなくても譲れない意思のこと。
だからこそ崇高な精神として武士が一番重視した。

関ケ原の戦いで大敗した石田三成の義は「恩を受け信じたもののために行動する」こと。主君である豊臣秀吉が死した後、徳川の側に就いた方が得であるにもかかわらず、裏切ることなく、秀吉への恩義に報いるために負けるかもしれない戦に身を投じた。

2. 「勇」

どんな困難な状況でも恐れることなく立ち向かう強さを持つこと。大義名分を以て死をも恐れず行動すること。

江戸前期、千葉県佐倉市では飢饉によって多くの百姓が貧しい生活を送っていたのに、領主・堀田上野介は百姓に厳しい政治を敷き重い年貢を課して藩政を顧みることがなかった。佐倉惣五郎は、江戸にいる藩主に嘆願したが聞き入れてもらえず、将軍 徳川家綱に直訴しにいった。この時代、幕府への直訴は家財没収の上、一家共々磔の刑に処すという厳しい決まりがあったが、村の民を守るという「義」を貫いて己の命を賭けた。

これは向こう見ずな挑戦や後先を顧みない行動では決してない。
闇雲に危険に飛び込んで簡単に命を落とす行為は「匹夫の勇」として武士たちの間でも軽蔑された。

「義を見てせざるは勇なきなり」 (孔子)
「戦場に飛び込み討ち死にするのは簡単なことで誰にでもできる。生きるべき時は生き、死ぬべき時にだけ死ぬ。それこそが真の勇気なのだ。」 (水戸光圀)

勇は「何者にも動じない心」と「大胆な行動」の2つの要素によって形成される。
本当に勇気ある人は常に穏やかで動揺しない。いざというときも精神の均衡を乱されずに大胆に行動できる。

3. 「仁」

愛・寛容・他者への情愛・哀れみの心をもつこと。人間の魂が持つ性質の中で最も気高い王者の徳。

「あらゆる徳の中で最も高貴で天下を治める者に不可欠な条件」 (孟子)
「民の好むところを好み、民の悪むところを悪む。これを民の父母という。」 (大学)

ただ優しくするだけではない。ときには厳しさも必要。
しかし、権力をむやみに誇示・行使することは戒めるべきである。

「仁に過ぐれば弱くなる」 (伊達政宗)

苦悩する人・辛苦に耐えている人・弱い人を思いやるべきである。
だからこそ下の者たちは仁に裏打ちされた優しさに心を打たれ、上の者に命を預ける。

「仁の不仁に勝つはなお水の火に勝つがごとし。惻隠の心(他者を思いやる心)は仁の始めなり。」 (孟子)

たとえ獲物であっても困って自分を頼ってきたら助けてやること。
戦いの中でも優しい気持ち、他者を慮る心を育てるのが重要。

「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」

4. 「礼」

物事の道理を尊重すること。社会的な地位を重視すること。

寛容にして慈悲深く、人を憎まず、自慢せず、高ぶらず、相手を不愉快にさせない
自己の利益を求めず、憤らず、恨みを抱かない

しかし、決して相手の経済状況や立場によって態度を変えないこと。

5. 「誠」

約束を守ること。「言」ったことを「成」すこと。

武士の一言は真実と同義。それを守らないのは卑怯者と軽蔑し、死を以て償わせた。

嘘をつかないことではなく、信念を通すこと。嘘をつくときは嘘を実行する。

武士に二言はない

不誠実な行いをしたことを恥じることが大切。もう二度と繰り返さないと心に誓うことが義に繋がる。

不誠は心の弱さの表れである。「誠」を誓い守ることが心を強くしてくれる。

「羞悪の心は義の始めなり」 (孟子)

6. 「名誉」

人格の尊厳(侵されてはいけない大切な部分)」と「明白なる価値(自分が置かれている立場や能力)」を自覚すること。

「堪忍は無事長久の基。己を責めて人を責めるべからず。」 (徳川家康)

名誉を汚されることは最悪の侮辱とされるが、侮辱されても、本当の武士は、その怒りを寛容と忍耐で抑えた。

怒るときは大義のために怒るべきである。刀を持っているからこそ、それを悪戯に抜くことはいけない。

7. 「忠義」

心から主君に仕え、与えられた仕事を全うすること。個々の利益や権利よりも「家」を大事にすること。

家族とは一人ひとりが別ではない一心同体の存在だと考えること。
個人とは社会の構成要素であると考えること。

これは主君の奴隷になり、何でもするわけではない。主君が間違った言動をしているのにゴマをすって機嫌を取る者を「佞臣」、卑屈に追従して気に入られようとする者を「奸臣」と侮辱した。

主君が間違った行いをしたら、あらゆる可能な手段を尽くして過ちを正すべきである。もし間違いを正せなかった場合は自らの命をもって自らの誠実さを示し、主君の叡智と良心に訴えることもある。

8. 「ノブレス・オブリージュ」

武士の根底にある、上の者が果たすべき義務。困っている人、(社会的に)弱い立場の人を守れる人になること。


議論・考察

1. 商人の「道」との比較

商人にも「仁」「義」「礼」「智」「信」を守るべきであるとされていた。

誠実で「信」がある「者」が「儲」かるとされ、商人はこれらを実践すれば商いが円滑になると考えた。

武士との大きな違いはその「目的」にある。商人は商売のために作法を整えるが、武士はこれらの行動に見返りを求めなかった。むしろ、報酬のために誠実であろうとするくらいなら死んだ方がマシだと考えていた。武士は武士であろうとするために武士道を貫いた。

しかし、明治になり、生きるために商売を始めた武士は、その清廉潔白さがたたり、なかなか成功しなかった。不慣れな世界で駆け引き上手な商人たちと競争するにはあまりにも高潔すぎた。

2. 近代以前に重要とされた武士道的教訓

  • 弓箭の道、進むを以て賞とす (竹崎季長)
    • 常日頃の訓練を欠かさず、いつでも幕府や一族のために戦える気構えを持つこと。
  • 御恩と奉公
    • 主人・従者が相互に利益を与え合う互恵的な関係を重んずること。
    • 御恩
      • 本領安堵: 主人が従者の所領支配を保障する
      • 新恩給与: 新たな土地給与を行う
    • 奉公
      • 従者が主人に対して軍役を遂行する
  • 葉隠 (山本常朝)
    • 何事にも死ぬ気で取り組むこと。
    • 「武士とは死ぬことと見つけたり」
  • 武士訓 (伊沢幡龍)

参考文献


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