最近、ユーザー体験設計が人々の行動パターンにどう影響するかに強い関心があります。
特に、ダン・アリエリの『予想どおりに不合理』で紹介されている「社会規範」と「市場規範」の概念に惹かれました。
社会規範とは、「他人に迷惑をかけたくない」といった良心や社会的な責任感に基づく行動原理です。
一方、市場規範は、「お金を払えば問題ない」といった金銭や利益を軸にした行動原理を指します。
サービス設計は、これらの規範を通じてユーザーの心理や行動を大きく左右します。
この記事は、いくつかのサービス例をもとに、「この2つの規範をもとにサービス体験設計を考えてみると面白いよ」というのを伝える目的で書いています。
保育園の遅刻罰金が教えてくれること
この概念を理解するのに最適な例が、保育園での遅刻罰金のケースです。
もともと、保護者は「遅刻すると保育士に迷惑がかかる」という社会規範のもとで遅刻を控えていました。
しかし、遅刻に罰金を導入したところ、驚くことに遅刻が減るどころか増えてしまったのです。
理由は、罰金を払えば遅刻しても許されるという市場規範に人々の行動原理が切り替わったからです。
さらに衝撃的なのは、罰金制度を廃止した後でも遅刻が減らず、市場規範が定着してしまったこと。
この例から、サービス設計がユーザーの行動心理を根本的に変えてしまう力を持っていることがわかります。
飲食店予約アプリの落とし穴
現代のサービスでも、この規範の影響は顕著に表れています。
例えば、Googleマップ経由での飲食店予約は非常に便利ですが、飲食店経営者から「Googleマップ経由の予約はキャンセル率が他より高い」という声が聞こえてきます。
なぜでしょうか?
その理由は、Googleマップの予約フォームがあまりに簡素である点にあると考えられます。
日時を指定するだけで予約が完了し、食べログのように店舗の詳細を確認したり、個人情報を入力する手間が省かれています。
この簡便さが、「キャンセルするとお店に迷惑がかかる」という社会規範を感じにくくしているのかもしれません。
最近、Googleマップでは予約時にキャンセル料の記載が追加されました。
これは市場規範を導入した対応ですが、保育園の例を考えると、キャンセル率が減るかは疑問です。
「キャンセル料を払えばキャンセルしてもいい」という心理が強化され、かえって問題が助長される可能性もあります。
むしろ、店舗スタッフの顔写真を表示したり、キャンセルが店舗に与える影響を伝えるメッセージを加えるなど、社会規範に訴えかける設計の方が効果的かもしれません。
マッチングアプリと規範の違い
もう一つの例として、マッチングアプリを挙げます。
マッチングアプリには大きく2つのタイプがあります。
趣味や性格でマッチングするものと、顔や年収でマッチングするものです。
後者の場合、ユーザーは「自分にメリットがあるか」という市場規範に基づいて相手を選びがちで、関係が浅く続きにくい傾向があります。
一度市場規範が支配すると、結婚後も「お金を入れる役割」といった形骸化した関係になりやすく、愛情が薄れがちです。
対して、趣味や性格を重視するアプリは、「愛が続く人を見つける」という社会規範に基づいています。
相手への愛情や共感を大切にする心理が保たれ、深い関係を築きやすいのが特徴です。
マッチングアプリを使う際、自分の顔や年収をアピールしすぎると市場規範を強調してしまい、浅い関係を招くリスクがあるので注意が必要です。
サービス設計のために
これらの例から、サービス設計における重要なヒントが得られます。
ユーザーの「悪い行動」(遅刻やキャンセルなど)を抑えるために罰則や金銭的インセンティブを導入するのは手軽に思えますが、市場規範を植え付けてしまう危険性があります。
代わりに、ユーザーの良心や社会的な責任感に訴えかける方法を検討してみてください。
例えば、行動の影響を可視化したり、感情に響くメッセージを伝えることで、社会規範を強化できます。
ただし、サービスの性質によっては市場規範を活用する方が適切な場合もあります。
例えば、Web3のような「稼ぎたい」という動機が強いサービスでは、市場規範に振り切ることでユーザーの期待に応えられます。
一方で、恋愛や人間関係を扱うサービスでは、市場規範を強調しすぎると「愛」が失われ、パパ活アプリのような浅い関係を助長するリスクがあります。
市場リサーチをするときにも、この体験設計をもとにサービスを分類してみると面白いヒントが得られるかもしれませんね。
Petersなどは「市場規範に基づいたマッチングアプリ」というブルーオーシャンを切り拓いた例と言えるかもしれません。
この「市場規範か社会規範か」という考え方は、サービス設計以外にもいろんな物事を整理するのに役立っています。
面白いくらいハマるのでみなさんもぜひ参考にしてみてください。