近未来暗号研究所 ZOMIA を設立します

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十分に発達した暗号技術は、魔法と見分けがつかない

あけましておめでとうございます。

この度、近未来暗号の研究に特化した研究所 「ZOMIA」 を設立します。

暗号戦争

1995年まで続いていた暗号輸出に関する規制では、暗号文 = 武器でした。当時、RSA暗号をプリントしたTシャツでさえ「武器」と同義でした。アメリカに習い、日本を始め多くの国もこの規制を適用していました。

この規制によって、政府が人々のデータにアクセスし、コントロールしようとしていました。CIAのスノーデンが、アメリカ政府によるインターネット盗聴と極秘の個人情報収集を暴露したことは、今でも鮮明に記憶されている方が多いのではないでしょうか。

1970年代から活動を始めたサイファーパンクの人々は、これに対抗するために政府推奨の暗号を短時間で解読し、政府が仕込んだバックドアを暴き出しました。

こうした草の根活動の成果のおかげで、私たちはより安全なインターネットを享受できるようになりました。ビットコインの誕生や、Financial Cryptography and Data Securityの学会は、その大きな遺産の一端といえます。

暗号戦争IIへの突入

私たちの世界は、想像を超えるスピードで進化しつつあります。しかし、その進化には相応のリスクが伴います。

AIはムーアの法則を上回る速度で発展している一方で、2024年にノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン氏は、フェイク情報が蔓延する可能性、芸術家の作品が無断で学習される問題、特定の国や思想に偏ったAIによる回答制限や情報操作への懸念を表明しました。

さらに、Googleの量子チップWillowは量子コンピュータ実用化への大きな一歩となりましたが、同時に現代セキュリティが破られるという不安の声が大きくなっています。

AIやコンピュータは、これからの社会に深く溶け込むでしょう。無人自動車の実験は一部の都市ですでに始まっています。

2023年4月に米国サンフランシスコで乗った自動運転タクシー
2023年4月に米国サンフランシスコで乗った自動運転タクシー

脳へのチップ埋め込みによって、思考を読み取り、逆に脳へ命令を与える技術も実用化に近づいています。これは非常に便利になる一方で、個人の自由意志に大きく影響を及ぼす懸念があります。

暗号輸出規制やスノーデン事件が教えてくれたのは、革新的な技術は登場とともに、それが悪用されるリスクにさらされるという点です。現在のAIブームの中でも同様の問題が再浮上しており、それを阻止する手段として、悪用自体を不可能にする暗号の力が再び注目される必要があります。

まさに暗号戦争IIへ突入しようとしているいま、サイファーパンクの精神が再び重要になっているのです。

近未来暗号 (Post-modern Cryptography) とは

暗号の歴史を大きく振り返ると、「古典暗号」と「現代暗号」の二つに分けられます。

  • 古典暗号 は、シーザー暗号、スキュタレー暗号、第二次世界大戦期のドイツのEnigma、旧日本軍の九七式欧文印字機などに代表されるように、「アルゴリズム自体」を秘匿する方式です。
  • 現代暗号 は、AESやRSA暗号、楕円曲線暗号などのように、コンピュータ技術の発展によって確立された、「鍵」を秘密にし、暗号アルゴリズムを公開する方式です。現在のインターネットセキュリティのほとんどは、この現代暗号を基盤として成り立っています。

しかし、現代暗号にはいくつかの課題が残されています。その最たる例は鍵管理の煩雑さです。

そこで提唱したいのが、「鍵の形だけでなく、計算そのものの在り方や人間の存在(生体情報)も統合して安全を実現する」という新たな概念としての「近未来暗号(Post-modern Cryptography)」です。

近未来暗号を支える主な技術:

  • 耐量子暗号

    量子コンピュータの発展を前提とした暗号方式で、既存のRSAや楕円曲線暗号などを代替する新世代の安全性を目指す。

  • 生体認証技術

    AIと人間を明確に区別するため、指紋や脳内署名など人間固有の情報を鍵として活用し、なりすましやボット対策を強化する。

  • 秘密計算技術(MPC, FHE, iOなど)

    ドローンや衛星、AIによる大規模監視下でも、個人や企業の機密データを保持したまま計算を行い、プライバシーを完全に保護する。

  • 検証可能計算(ZK)

    ゼロ知識証明などの手法を用い、データの内容を明かさずに正当性だけを証明することで、信頼できない第三者とも安全に計算を協調する。

近未来暗号は、現代暗号の上位概念として、従来の「鍵を秘密にする」という枠組みをさらに押し広げ、人間自体が鍵として機能する仕組みや、プライバシー保護を前提とした計算アルゴリズムを組み込んでいきます。これにより、量子耐性や検証可能な計算手続きの実現を目指し、「鍵管理」という発想そのものを根本から変革する可能性を秘めています。

多種多様な数式や暗号アルゴリズムを組み合わせるさまは、まさに複雑な魔法陣を描くようなものといえるでしょう。

なぜ近未来暗号が必要なのか:

  • 新たな脅威への対応

    量子コンピュータが脅かす既存暗号の安全性、AIによる膨大なデータ解析や監視、グローバル規模でのデジタル利用など、従来の暗号だけでは対処しきれないリスクが顕在化してきました。

  • セキュリティだけでない多面的な要求

    プライバシーの確保、データ共有の効率化、AIとの安全な連携など、多角的なニーズを同時に満たす暗号基盤が必要です。

  • 人間を含む新しいパラダイム

    鍵(Key)を守るだけではなく、人間の生体情報や計算構造自体を活用することで、抜本的な安全モデルの再構築を目指します。

従来の発想を超え、より強固で柔軟な暗号体系を築くことで、30年後、さらにはそれ以降の社会を支える中核的な存在になることが期待されます。

近未来暗号への1年半の取り組み

私はこの1年半、近未来暗号の研究に取り組んできました。

近未来暗号研究所「ZOMIA

30年後の世界を支える近未来暗号を「発明」し、それを「社会に実装」していくには、組織として取り組むほうが成果を最大化できるのは明白です。

かつてのキャヴェンディッシュ研究所を思い起こすと、ジェームズ・クラーク・マクスウェルが電磁気学を体系化し、J・J・トムソンが電子を発見し、アーネスト・ラザフォードが原子核の構造を解明するといった、連綿と続く探究の結晶が、物理学の地平を大きく押し広げました。

ベル研究所に目を向ければ、クロード・シャノンが情報理論の基礎を築き上げ、ジョン・バーディーン、ウィリアム・ショックレー、ウォルター・ブラッテンがトランジスタを発明し、ケン・トンプソンとデニス・リッチーがUNIXを生み出すことで、現代の情報社会を一変させています。

そして同じく、ティモシー・メイ、エリック・ヒューズ、ジョン・ギルモアといったサイファーパンクの面々が、それまで国家や企業が握っていた暗号を個人の手に取り戻し、プライバシーを守るための運動と技術革新を牽引しました。

いずれの場合も、ひとりの天才だけでは成し得なかった歴史的偉業が、研究所という場を通じて指数関数的に加速していることは明らかです。近未来暗号という壮大な夢を現実に変えるために、同じ志を持つ研究者同士が互いに刺激を与え合い、新たな発見を誘発しながら、大きな波を起こせる空間と仕組みが不可欠なのです。

このような思いから、これまではUzumakiという研究シェアハウスや大学院の研究室などで、多分野の研究者が自然と出会い、互いに刺激を与え合う空間をつくろうとしてきました。実際にそこでは、分野横断的な研究コラボレーションが生まれ、社会実装に向けた土壌も整いつつあります。しかし、近未来暗号に特化したプラットフォームがないため、個人が築いた縁や得られた価値が十分に再帰せず、せっかくの可能性が十分には花開いていないと感じていました。

そこで今回、旗印を掲げ、 近未来暗号研究所「ZOMIA」 を立ち上げることにしました。ここでは、個人が生み出すアイデアや成果が相互作用を起こすことで、同じ志を持つ研究者やエンジニアをエンパワーし、さらなる研究の連鎖を生み出します。

もし少しでも興味を持っていただけたなら、一緒にこの新しい地平を切り拓いていきましょう。

ZOMIAの由来

ZOMIAとは、政府や権力による支配の手が届きにくい山岳地域や、そこに暮らす人々を指す言葉として知られています。奴隷化や徴兵、重税、傭役、伝染病、戦役など、さまざまな抑圧を2000年以上もの長きにわたり回避してきた持続的なコミュニティです。

私たちは、このZOMIAの精神として、権力や監視の構造から自由を求め、独自の文化や生き方を守り続けてきた、人間の持つ強靱さと創造性の力を込めています。

近未来暗号が目指すものもまた、テクノロジーにおける自由やプライバシー、そして個々人が自立的に活動できる空間を守ることにあります。

さいごに

もしこのメッセージに少しでも心が動いたなら、ぜひTwitterにご連絡ください。


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